2010年7月4日日曜日

志賀高原への道

さて、先週の金曜日、土曜日にかけて、長野県北部の志賀高原に行って来ました。そう、目的は7月3日開催の『OSJ志賀高原トレイルレース』。でも、せっかくの長野入り、色々とそれまでに観光して来ちゃいました。
もともと、夫婦で駒ヶ根とか、蓼科とかには来たりはしているんですが、今回の志賀高原、初めての北長野。行くまでにそこそこの距離があるんですが(静岡市からは遠い遠い)、高速に乗るのはもったいない。(金曜日なので、どこまで1,000円ってわけじゃないし・・・) と言うことで、蓼科、上田経由で志賀高原に行って来ました。
静岡からは、国道52号線を北上、中部横断自動車道の増穂ICから中央道双葉JCTに乗り換え、諏訪ICを降りて、茅野市に入りました。中部横断自動車道は今回の高速一部無料化の対象区間になっていて、諏訪ICまでは1,050円。ん~、財布に優しい。それにこのルート、長野入りには最適なルートですね。
で、まずは最初の寄り道は茅野市豊平にある「オムライスとパスタの店Hiko」。ここはその名の通り、オムライスとパスタが美味しい店で、自分たちのアロマ仲間の御用達のお店。前回夫婦で蓼科に来たときにも寄ったのですが、ここまで来たので、せっかくなのだからと寄ってきました。 前回、私と妻は、『春キャベツとタコのパスタ』、『バジルクリームオムライス』を食したのですが、今回は『バジルクリームオムライス』と『スープカレー(辛口)』をオーダー。オムライスは外せないのですが、スープカレーも絶品とのことだったので、食べてみたかったんです。(ちなみに、これらの料理は私たちベジにも食べられるのです) どっちもウンマーイ!!スープカレー、初めて食べましたけど、美味しいですね~。身体がジンワリ暖かくなってきて、涼しい高原の気候にはちょうど良いかも。
バジルクリームオムライス スープカレー(辛口)
茅野市豊平の「オムライスとパスタの店Hiko」。ここの名物『バジルクリームオムライス』!!ウマーです、これは! そして、もう一つの名物、『スープカレー(辛口)』。今回初めて食べましたが、やみつきになりますよ、これは!

で、お腹が満たされたら、今度は自分の好きな戦国武将の「真田一族」の所縁の土地を巡ってきました。そう、上田市の上田城です!! 自分の名字が海野なのですが(静岡市には多い名字ではあるんですが)、元々の出は長野県東御市の『海野宿』周辺と言われており(東信濃の滋野氏がその祖先だそうで)、実は、真田氏がその流れを汲んでいるとの逸話があるんです。(この部分は、実際ははっきりは分かっていませんが) と言うこともあり、真田氏には並々ならぬ親近感を一人で持っているのです。(池波正太郎氏の『真田太平記』は私の愛読書です。)(余談ですが、禰津氏、望月氏は海野氏の分流だそうで、それもあり、静岡市には望月氏も多いそうです) 特に、『真田太平記』を読んでからと言うもの、上田城には行ってみたいと言う思いが強く、今回その願いが叶ったことは大変嬉しく思います。その証拠に、東虎口櫓門『顔ハメ看板』、真田幸村(繁之)と海野六郎で顔ハメしてしまいました。(笑)でも、この『顔ハメ看板』非常にクオリティの高い作品です。11人が揃ったら、結構な作品になりますね。
上田城のシンボルと言われる「真田石」、これは東虎口の北櫓下に有りますが。写真を見ていただくと、そのスケールが分かります。これはさすがに動かせんですよ。(写真では上が切れていますが、私の身の丈1.5倍くらいでしょうか?)
実は、このお城、当時のまま現存する部分は西櫓のみで、それ以外は後世の再建だそうで、天守閣にいたっては、どういった形になっていたのか、はたまた存在自体していたのかも不明というミステリアスなもの。真田昌幸の長男、信幸が上田領を拝領した際にも、実際に使っていたのは三の丸だったようで・・・。色々と気になるお城ですね。と言うこともあり、天守跡も何の痕跡も残っていません。が、これだけの平地何の構造物もなかったのは不自然じゃないかなぁ?
本丸自体は、土塁と石垣で囲まれているこぢんまりとしたものですが、城全体としては千曲川分流の尼ヶ淵を利用した規模の大きな平城。ここで徳川秀忠はこてんぱんに翻弄されて、関ヶ原の合戦に間に合わなかったんだって言うから、何となく納得してしまう。 それにしてもだ、ここはパワースポットなんじゃないかな?周辺とは違う雰囲気が漂ってますよ。ずいぶん心地よいお城で、珍しく夫婦でかなりはしゃいじゃいました。(笑)
北櫓と東虎口櫓門 真田石
東虎口櫓門と北櫓。現在復元されているこちらが、メインの出入り口になっています。 北櫓を支える石垣には、この有名な真田石が鎮座しています。
真田神社 赤備えの兜
本丸に入った直後には、明治期に建立された真田(松平)神社が観光客を出迎えます。 この中に、「真田の赤備え」の巨大兜が展示されています。幸村(繁之)のイメージはこれですよね。
上田城本丸跡 真田幸村公?
で、このお城で現存するのは西櫓(水たまりで行く手を阻まれ、写真撮影できず)。天守跡もこのようになっています。 で、東虎口外には、高クオリティの真田十勇姿と真田幸村の「顔ハメ看板」が。私は、この真田幸村と海野六郎(同じ名字)で記念撮影!

で、上田城を満喫し、真田の郷、須坂、小布施を通り、無事志賀高原に到着。一般道を通り、寄り道してきたので、今回の宿泊先、『志賀パークホテル』には自宅からは6時間半でゴール。 沢山の地元料理(フィッシュベジだったので、美味しくいただけました)をたらふく食べ、翌日のトレイルレースに備えます。
OSJ志賀高原トレイルレース』のレポは、次回することにします。

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